新選組と聞いて、おそらく多くの方が京都を思い浮かべるのではないでしょうか?
私もその1人でしたが、歴史好き・散歩好きのとある経営者の方 から
「天満橋に新選組の足跡があるよ」と聞いて、かねてより探していました。

天満橋駅・京阪シティモールの前を東西に走る土佐堀通沿いにそれはあります。
今回めぐったのはココ。
20160901-001

まずは新選組が大坂滞在時に常宿としていた「京屋忠兵衛」です。

土佐堀通沿いにその碑があり、いくつかの記事でも読んでいたものの
きちんと場所を把握していなかったので、中々見つけられずにいたのですが、
ようやく発見することができました!
 IMG_20160830_141758
この付近、天満八軒屋 船宿
京屋忠兵衛跡
幕末期、新選組の近藤勇や土方歳三、沖田総司らの常宿だった。 

新選組の「誠」の字が刻まれたプレートがあります。
私が写真を撮った時は手前に観葉植物があり隠れていました。
これを初見で見つけるのは中々困難ではないかなと思います・・・。

京屋忠兵衛とは、大坂八軒屋の船宿・京屋の主人の名前です。
詳細は京屋忠兵衛のWikipediaの項目をご参照ください。

そこを起点に西にあるのが熊野かいどうの碑文。
ここ、大坂摂津国渡辺津(窪津とも)を起点に、谷町筋を南に四天王寺、住吉大社まで下ってのち、
熊野三山にいたる熊野街道のはじまりがまさにここなのですね!
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じゃあ、この道も世界遺産なのか?というと実はそうではないようでして、
元々はこの渡辺津から熊野までが一体として扱われていたようですが、
近年では紀伊田辺を境に紀伊路・中辺路と区分されるようになっているようです。

この中辺路こそが、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として
登録されているようですね。

しかし、昔の旅人はすごいですね・・・ここから熊野まで歩こうとはとても思えない。
でも、ちょっとチャレンジしてみたい気も。後年の楽しみにとっておきます。
実際踏破するとどれぐらいかかるんでしょうね?


そして、この熊野かいどうの碑、京屋忠兵衛の跡を東に飛び越えたところ、
永田屋昆布本店さんにあるのが八軒屋の船着場跡です。
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先ほどの地図と照会して頂くとわかりますが、この百数十年でこれだけの距離が埋め立てや、
河川工事により陸地になったということですよね。

この船着場に行き交っていたのが三十石船。
お米を三十石積める船が京都と大阪を半日ほどかけて行き交っていたそうです。

ちなみに、天満橋を北に渡り、大川を挟んだところには、
淀川三十石船舟唄碑があり、こちらポケモンGOのポケストップになり、
昼間は日陰になることもあって、ポケモントレーナーサラリーマンで賑わい、
ルアーモジュールが使われることもしばしばです。
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大阪天満橋にお越しの際には新選組の足跡に思いを馳せながら
史跡めぐり&ポケストップ巡りもいかがでしょうか?

世界チーズ商会 FROMAGE】(新選組 常宿 京屋忠兵衛跡)
〒540-0032 大阪府大阪市中央区天満橋京町3−6
 

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