日本一長い商店街として知られる天神橋筋商店街。
そこからさらに南に流れる大川を渡る橋こそ、この名の元、天神橋なのです。

4月のはじめ、桜が満開の頃、天満橋から天神橋を臨む。
12928266_984416328303237_5524546612577616488_n
12928383_986015604809976_6850721764534344517_n

夜には夜桜を楽しむための屋形船もたくさん繰り出していました。

この天神橋は天満橋、難波橋と共に浪華三大橋と呼ばれています。

さらにこの天神橋、
Wikipediaによると
天神橋(てんじんばし)は、大川に架かる天神橋筋(大阪市道天神橋天王寺線)の橋で、
大阪市北区天神橋と大阪市中央区北浜東の間を結んでいる。
 
1594年(文禄3年)の架橋とされ、当初は大阪天満宮が管理していたが、
1634年(寛永11年)に他の主要橋とともに幕府が管理する公儀橋となった。難波橋、天満橋と共に浪華三大橋と称され、真ん中に位置する。
 
浪華三大橋の中で全長が最も長い。
また、1832年(天保3年)の天神祭において、橋上からだんじりが大川へ転落して
溺死者13名を出す事故があり、「天神橋長いな、落ちたらこわいな」と童歌に歌われた。
 
明治初期までは木橋だったが、1885年(明治18年)の淀川大洪水により流失。
1888年(明治21年)にドイツ製の部材を主に用い鋼製のトラス橋として架け替えられた。

先述の童歌からもわかるように、天神橋の下に陸地はなかったが、
1921年(大正10年)以降、大川の浚渫で出た土砂埋め立てにより
さらに上流へ拡張された中之島公園を跨ぐようになった。
1934年(昭和9年)には松屋町筋の拡幅に合わせて、ほぼ現在の形である
全長219.7メートルの3連アーチ橋となった。鉄橋の橋名飾板は、現在天神橋北詰に保存されている。 


ということで、
天満橋と天神橋はほぼほぼ地名の位置にありますが、難波橋だけはいわゆるミナミの難波ではなく
この天神橋のさらに西側に位置します。

さて、この天神橋、晴れた日にとあるものに見えると私の中で話題。

橋脚のアーチが水面に反射して・・・目と口に見えるではありませんか。
ドラゴンクエストIVのラスボス、デスピサロの最終形態の顔に見えません?
13139048_1002300156514854_7281657981906477596_n (1)

同じくドラゴンクエストのモンスター「どぐうせんし」や
宇宙人のグレイにも似ているとの噂。

先述の埋め立てで、真ん中の陸地・中之島公園をまたぐようになった形状が
またこのデスピサロ感を高めていますね。

大阪の川沿い散歩、ホントおすすめですよ!

 

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット